2025年12月の日記


年越しの準備

2025年12月31日(水)

煮物など小さな重箱に詰めてみました。後は、大皿に盛る予定です。この他にたたきゴボウがあります。半日仕事。

合間に、「資本論」相対的剰余価値の部分を読んでいます。久ぶりに、精読しています。「資本論が面白い」(志位和夫著)もいいのですが、「資本論」そのものの論理的構成は、ほんとに目を瞠るものがあります。「商品」の分析のところで、「ここがロドスだ、さあ、飛んでみろ」という言葉に出会ったときの衝撃は、今でも鮮明に覚えています。高校生の時でした。等価交換を前提にしながら、富が増えていく過程を論理的に展開していくことが、目からウロコでした。

いろいろ食材を整理していたら、23年産米のもち米が出てきました。吸水させてから蒸して、すりこ木で潰して餅にしました。何とか格闘して、丸餅にしました。さすがに古古米なので、潰しきれませんでしたが、正月用の餅は、これで間に合いそうです。

臼と杵はありますが、約1kgのもち米だったので、そこまでするのはと、無精をしました。

これで準備はおしまい。後は切って並べるだけ。


おせち

2025年12月30日(火)

年明けには、誰も来ないので、おせちを作るのをやめて、出来合いで済まそうと思っていましたが、結局、いくつかを作ることにしました。

毎年作っていた栗きんとんは、さつまいもの裏ごしが結構力仕事なので、パス。右肘に湿布薬を貼りながらは、無理なので、自粛します。たけのこの大和煮とたたきゴボウは完成済み。


年の瀬

2025年12月29日(月)

銀行の窓口も明日で閉まります。手元にあった現金を入金し、会計帳簿も締めました。この一年間の決算処理を済ませて、繰越の処理もしました。いよいよ今年も終わりです。

12月議会の報告を載せる上野原民報、活動報告1月号も印刷所に入稿しました。刷り上がりは年明けですが、年内に入稿しないと遅くなってしまいます。年末年始は、外の世界に大きく影響を受けます。それに合わせて仕事の配分を考えなくてはなりません。


落ち葉掃き

2025年12月28日(日)

もう少しで街路樹の葉も落ちきります。それまでは、落ち葉掃きが続きます。母が存命のときは、毎日落ち葉掃きをしていたのですが、11年前になくなってからは、毎日というわけにはいきませんが、なるべくきれいにしようと思っています。

一昨日の関越道の大事故、事故に合われた方などお見舞い申し上げます。新潟県のスキー場に行くときなど、よく通った道なので、人ごととは思えません。

ちょうど、関越トンネルが着工した1977年、子ども二人を連れて、上越線土樽駅から土合駅まで、蓬峠を越えて歩いたことを思い出します。二人の子どもはまだ、就学前。事前の情報では、蓬ヒュッテには、小屋番が入山しているとのことだったので、非常食しか持っていきませんでした。ところが、着いてみると、情報とは異なり、小屋番が下山してしまっていました。ヒュッテは開いていたので、野宿にはなりませんでしたが、何とか誤魔化して非常食でしのぎました。


正月花

2025年12月27日(土)

医療機関の通常診療年内の最終日に耳鼻咽喉科を受診してきました。聴力検査もしましたが、右耳は重度の難聴で変わりなし。投薬を受けて帰ってきました。今年最後の受診なので、医療費控除の額も確定しました。もちろん、医療費控除の対象になっています。

ついでに、正月花を買ってきて、生けてみました。少しは華やかにして、気分転換。花屋を探すのにも一苦労の時代になってきました。花の値段も高くなっています。去年は2つの水盤に生けた覚えがありますが、今年は一つがやっと。

作業の途中で生活相談が1件入りました。明日、訪問予定。


議会だより編集

2025年12月26日(金)

広報広聴常任委員会が開かれ、議会だよりNo.84の編集が終わり、印刷所への出稿準備が終わりました。委員会で出た修正意見をもとに、原稿の訂正を行いました。9時から始まった委員会は、2時間半程度で終了しましたが、原稿修正に約1時間かかりました。

議会事務局の担当職員は、今年4月から異動されてきた方ですが、初めての編集作業であるのもかかわらず、大概のところは、作業を進めてもらってきました。編集の微妙なところをお手伝いしました。

文字枠の四方の角に、何故か空白が入っているので、修正意見が出ましたが、よく見ると、文字枠のコーナーに、角が丸くなるオプション設定が加えられていました。印刷されてものでは、全くわかりません。

タブ設定、行間設定、字下げ設定などなど、編集ソフトに依存する部分は、慣れないとできません。

ということで、議会だより編集の仕事は、校正を除けば、終了です。次号からは、私は委員会の任が解かれます。これまでの任期11年のうち、10年間携わってきました。


世の中クリスマス

2025年12月25日(木)

世の中は、クリスマスのようですが、キリスト教徒ではないし、巷の喧騒の中にいないので、クリスマスソングも聞こえてきません。でも、年の瀬にはやらなければならない仕事が残っています。一番は、議会だよりの印刷所への出稿です。明日の広報広聴常任委員会で出稿の準備をします。

しんぶん赤旗日曜版の新年合併号が、配送されてきました。ちょっとしたトラブルがありましたが、無事切り抜け、ポスト卸をやってきました。赤旗読者ニュースの新年号も折り込みました。

午前中、やむを得ない事情で出かけてきましたが、帰りの電車に乗っていたとき、突然、眼の前が縦に回り始めました。6年前に発症したメニエル病の再発でしょうか。今年の5月にも起こって、以来通院して、症状を抑えてきましたが、耐え難いめまいと嘔吐感で、やっとの思いで帰宅しました。すぐに服薬し、横になって2時間ほどで症状が収まりました。ストレスを貯めないようにと言われていますが、世の中、ストレスだらけ。特に自維連立政権の底が抜けたような軍拡路線が、一番身体に響きます。心を落ち着かせ、年末を乗り切るようにします。


編集者の愚痴

2025年12月24日(水)

冷たい雨が降っています。年も押し詰まってきて、慌ただしい日々です。議会だよりは、26日に印刷所に出稿しなくてはならないので、タイトな日々です。26日の広報広聴常任委員会に向けて、追い込みです。

一般質問の原稿は、45行の指定です。絶対にオーバーは許されません。書いているソフトの違いによって、禁則処理の強弱があるので、落とし込んだときに、行が送ってしまう場合があります。表現を変えるとか、接続詞を削除するとか、何とか収めています。

それにしても、ワードで原稿を書いている人に、強制改行はしないで、と何度も言っているのに、強制改行の嵐。それに加えて、目に見えない半角スペースも潜り込んでいます。

スペースが7-8行しかないのに、20行近くの原稿を送ってくる人もいます。そんな原稿は、バッタバッタと切り刻みました。この漢字常用漢字表には載っていない。ひらがなに変えると意味が通じない。しかたなくルビを振っておきましたが、委員会ではどんな議論になるでしょうか。

編集者の愚痴です。

編集後記と一部の写真を除いて、すべての原稿がそろいました。


「切腹」

2025年12月23日(火)

11月8日に俳優の仲代達矢さんがなくなりました。仲代さんを偲んで、映画「切腹」を見ました。1962年の作品です。監督小林正樹、脚本橋本忍です。小林監督は、仲代さんを主演に1959年から1961年にかけて、大作「人間の條件」(全6部構成)上映時間9時間31分、を撮影しています。

「切腹」は小林監督の時代劇初作品でした。仲代さんもそうですが、三國連太郎、丹波哲郎、佐藤慶、岩下志麻、みんな若い。

舞台は1630年(寛永7年)、大坂の陣からすでに15年が経ち、徳川幕府の体制が確立していく時代です。賤ヶ岳7本やりの一人の福島正則は、その戦勲によって安芸50万石を与えられますが、1619年には、武家諸法度を違えた事により、50万石を没収、減転封され、多数の浪人が排出されます。主人公津雲半四郎もその一人。娘の夫千々岩采女が、井伊家を訪れ、高熱を出した息子の薬石のため井伊家を訪れ、玄関先を切腹のために借りたいと申し入れ、なにがしの金品を得ようとしました。ところが、こうした浪人の所業を快く思わなかった井伊家家老斎藤勘解由は、采女の切腹の意気を快しと、庭先で切腹を強要します。采女は、竹光で腹を切り果てます。

津雲半四郎は、武士社会の矛盾の中で、娘婿の無念を晴らそうと、井伊家に乗り込みます。半四郎は武家は「武士の面目を表面だけを飾るもの」と、武家社会のあり方を批判します。斎藤勘解由は、否定しますが、事態の収拾は「武士の面目を表面だけを飾るもの」の通りになりました。

現代社会の実相をリアルに見れば、「表面だけを飾るもの」がなんと多いことかを実感することができるのではないでしょうか。批判精神に富んだ映画でした。


総合雑誌

2025年12月22日(月)

昨日は、雨の合間を縫って、団地内を自転車で一巡り。移動距離3.6km。平均速度9.2km/h、最高速度23.3km/h。のんびりと一周です。12月16日から冬期閉鎖になっている西側道路も見てきました。来年3月15日まで通れません。この道路、建設用に使われた道路で、北側に予定されていた道路が、土地買収がうまくいかず、その代替として一般道路に転用されたものです。急坂で、凍結の心配があり、冬期閉鎖になっています。雪が積もれば、スキーができます。このところ、ほとんど積雪はありませんが。

先日、知人に「世界」1月号を買ってきてほしいと頼まれました。八王子駅ビルの中の書店に行きましたが、見当たりませんでした。少なくとも雑誌コーナーにはありませんでした。しかたなく、別の書店に行きました。文芸誌、総合誌などは置かなくなったのでしょうか。


総合学科発表会

2025年12月21日(日)

昨日は、県立上野原高校総合学科発表会に行ってきました。上野原高校は、2001年度から総合学科高校に改編され、15年が経ちます。その年以来、総合学科発表会を開いています。各学年の全体発表と2年生のポスターセッション、3年生の分科会による課題研究の発表がありました。

2年生のポスターセッションは、体育館の壁面に、インターンシップに行った経験をもとに社会的課題について発表するものでした。こども園、スーパー、自動車整備工場、美容院、病院など多職種の職場では、どこでも人手不足が課題になっていました。こうした社会的な問題に対して、これからも向き合ってほしいと思いました。

3年生の分科会では、「昼寝効果」「二酸化炭素による温度上昇について調べよう」の発表を見させてもらいました。身近な課題を取り上げ、ユニークな調査方法を考えての発表でした。3年生になると、自信もついてくるのでしょうか、アドリブも含めての、大きな声の発表でした。


信じられない

2025年12月20日(土)

昨日は、戦争法廃止をめざす上野原行動の宣伝日。ますますきな臭くなる高市政権に抗して、宣伝行動。今日は、他にマイクを握る予定の人がいなくて、23分間しゃべりました。

非核三原則の見直しどころか、核兵器保有まで口にする首相官邸。国民の声は、スパイ防止法で抑圧し、まるで戦前。仮想敵国を想定し、軍備の増強を図るやり方、排外主義を喧伝し、国民を熱狂させるやり方。歴史を繰り返すようなことは許されません。

宣伝後、議会のPCに、原稿を入れてきました。自分の責任範囲はクリア。あとは、原稿待ちで、24日午後に編集作業。


何が起こるかわからない

2025年12月19日(金)

あと10日ほどで、年が明けます。年末の準備が始まっています。12月議会の様子を知らせる「上野原民報」の編集が終わりました。印刷所にいつ入稿するか、思案の最中です。活動報告1月号と一緒の入稿を考えているので、そちらの編集待ちです。

年賀状の印刷も始めています。1枚印刷するのに、4分22秒かかっているので、結構時間がかかります。とその途中でトラブル発生。昨日取材してきた上野原高校の写真の編集をしていたら、「仮想記憶ディスクの空き容量がありません」との表示が出て、画像編集ソフトが止まってしまいました。PCで色々な作業をしていたので、すべて閉じて、再起動をかけました。

再起動したら、画像編集ソフトにアップデートを促されました。ところが、何回かアップデートの失敗しましたの表示。アップデート中に、他のソフトの更新が要求され、それに応じたら、画像編集ソフトのアップデートが中断され、失敗したようです。

その後、プリンタに送っていた年賀状のデータが消去されたようで、白紙を吐き出しました。印刷を中止、画像編集が終わってから、印刷を再開させました。 何が起こるかわからない世界です。


取材

2025年12月18日(木)

広報広聴常任委員会の議会だよりの特集の取材で上野原高校に行ってきました。私は、おまけのカメラマン。吹奏楽部、生徒会、総合学科の三組の生徒の取材です。最初は、固くなっていましたが、だんだんとほぐれてきて、しっかりした考えを聞くことができました。私は、もっぱらシャッターを押していましたが。

赤旗読者ニュースを更新しました。12/18

中小零細企業支援

2025年12月17日(水)

一般質問の文字起こしが終わりました。合計24,329Byte 約1万2千字になりました。一部聴取不能の所がありましたが、一応終了です。これから、議会だよりの原稿、上野原民報(議会だより)の原稿に仕上げます。

今回の質問でも、市内の中小零細企業の問題を取り上げました。2016年の3月議会でも、上野原市は中小企業の町であることに言及し、中小企業支援に関する条例等の作成を求めました。2023年12月議会で「上野原市中小企業・小規模企業振興基本条例」が制定されました。2022年6月議会では、市内の業者の事業継承のための企業の意見を聴取することが大切だと指摘しました。2024年夏に市は事業所実態調査を実施しました。今年に入って、第一次、第二次物価高騰対策製造事業者支援事業の実施をしています。

これまでの議員活動の中で、一貫して中小零細企業の支援を求めてきて、多くの成果を挙げてきたと思っています。

年末が迫ってきました。12月26日に、広報広聴常任委員会で、議会だよりの編集を行い、印刷所に入稿します。赤旗読者ニュースも、今年の最終号(12月18日号)の編集は終わっていますが、その次は、もう1月1日号です。


文字起こし

2025年12月16日(火)

一般質問の文字起こしの作業をしています。片道25分(質問だけ)に一般質問でしたが、答弁を含めると62分になります。オーディオ編集ツールのタイムは、現在50分07秒で止まっています。あと少しですが、集中が途切れると、他のことで気を紛らわせます。今回の中止の時間で、連れ合いから頼まれていた包丁研ぎをしました。いつも使っている三徳包丁、ペティナイフ、出刃包丁の3本を研ぎました。三徳包丁は、2015年8月に新潟県寺泊で求めたものです。10年使っています。


モミジバフウ

2025年12月15日(月)

団地の外周道路の自宅前の街路樹のモミジバフウです。ほぼ、葉を落とした木、まだ残っている木とありますが、もうすぐ落ち葉の季節が終わります。風が吹いたので、落ち葉が道に落ちているかと思っていたら、風に飛ばされてなくなっていました。その代わり、玄関に近い道の方や駐車場に落ち葉が吹き寄せられていました。

モミジバフウ、漢字で書くと紅葉葉楓となるのでしょうが、北米原産のフウ科の植物です。中国には、フウがあります。漢字名はもちろん、楓です。漢字が日本に入ってきた時、日本人は、楓をカエデと認識してしまいました。植物名を漢字で書くと、国際的には混乱してしまいます。カタカナで書けば、それはもう日本でのことだとわかりますが。国際的に通用させようと思おうならば、学名で書け、ということになるのでしょうが、それは一般的には、無理なことでしょう。

金曜日に転倒してしまいました。右膝が身体を支えられなくて転倒したのか、転倒によって右膝に痛みが出たのかわかりませんでしたが、右膝に違和感を抱えながら週末を過ごしました。痛みが続くようなら、整形外科の受診を考えていましたが、週が開けると、痛みも引いてきたので、テーピングと湿布で様子見です。筋力の衰えは言うまでもありません。


屋根より高い鯉のぼり

2025年12月14日(日)

ぴゅあフェスティバル2025、二日目。甲府のぴゅあ総合で上野原市男女共同参画推進委員会の活動発表、寸劇「身近な疑問」を上演してきました。

これまでの上演作品
2024.12「盛年の主張」、2023.12「ニューススタジオ」、2022.11「男女共同参画セミナー」、2019.11「山梨が一番」、2018.10「これってセクハラ?」、2017.10「いきいき百歳体操」、2016.10「男女共同参画サミット」、2015.10「上野原市スマイルプラン」、2014.10「男女共同参画課サービス係」、2013.10「男女共同参画度チェック」、2012.10「せいだのたまじ」、2011.10「イクメンパパ」、(2011年は、別の方が書いたシナリオでした。)
今回で13作品(作・演出・時々出演)になります。なるべくマンネリにならないように、新しい切り口が見えるようにと書いてきました。

今回のセリフの一部。 岸辺 「鯉のぼり」の歌を知っていますか。
みんなで ♪屋根より高い鯉のぼり 大きい真鯉は おとうさん 小さい緋鯉は 子どもたち
(緋鯉は、女性ではなく、こどもたち だったのです)
岸辺 1931年頃 近藤宮子の作詞です。これが、64年の東京オリンピック頃に、緋鯉は母親、子どもは青や緑の鯉のぼりが作られるようになります。ランドセルを含めて、日本が高度経済成長期のころから、赤は女、黒・青は男と刷り込まれてきたようです。

出演してくれたみなさんが、楽しいと言われるのが、励みになってきました。


地域×ジェンダー×若者

2025年12月13日(土)

今日は、ぴゅあフェスティバル2025の1日目、総合・峡南・富士3館合同になってから3回目のフェスティバルです。午前は、記念講演。犬山紙子さんが「家事分担、育児、働き方、生き方 パートナーとジェンダーロールに縛られることなく、自分らしく生きるためのヒント」というテーマで話されました。芯を持ちながら、柔軟でしたたかな生き方を話されていました。「妥協ではなく、話し合い、認め合うこと」という言葉が印象的でした。

午後からは、ぴゅあ富士の独自プログラムで、地域×ジェンダー×若者をテーマに、「地域・世代とジェンダーのホンネ」が話されました。都留文科大学の学生、富士北稜高校の生徒のみなさんが参加され、有意義な話し合いとなりました。


12月議会閉会

2025年12月12日(金)

11月26日に招集され、17日間の会期で開かれていた。12月議会が本日で終了しました。最終日には、7件の条例と1件の人事案件の審議が行われ、いずれも全会一致で可決・適任とされました。

議案第99号の「上野原市乳児等通園支援事業の設備及び運営に関する基準を定める条例制定について」ついては、「こども誰でも通園制度」の基準を定めるものですが、0-2歳児が、保育士の不足で、こども園の定員までの就労している親の子どもを十分に受け入れることができない状況が続いているときに、若干の違和感が残っています。もちろん、保育所、こども園に親の就労がなくても受け入れることに異論はありません。問題は、なぜ保育士が確保できないかの方です。自民党政治のもとで、ケア労働に対する評価の低さが続いています。

議会が終了したので、これからは、議会だよりの編集作業が本格化します。割り当てられた原稿1本を書き、入力してきました。


白線

2025年12月11日(木)

団地から西側を下ると、県道507号野田尻四方津停車場線にぶつかります。この交差点の白線がほとんど消えて見えなかったのですが、描き直されていることを確認しました。カーブで、右折車線があるので、曲がる時に中央に寄ると、危険であると指摘していました。

まだまだ消えかけている横断歩道などがあるので、改善を求めています。

団地内は、時速30kmの速度制限があります。その速度で走るのには忍耐?が必要ですが、歩行者の安全のためには、遵守してもらいたいものです。

赤旗読者ニュースを更新しました。12/11

議会も終盤

2025年12月10日(水)

2日間の一般質問が終わりました。9人の議員が質問に立ちました。

明後日の本会議で、12月議会が終了です。今回は、討論に立つ議案がないので、少し余裕があります。

今日は会議終了後、広報広聴常任委員会があり、議会だより編集作業が始まりました。編集日程の確認をしたあと、紙面割り付けを決めました。年末年始を挟む12月議会の議会だより編集は、日程がタイトになります。執筆の割当も決め、一般質問の音源ももらってきたので、原稿を書き始めます。


一般質問終了

2025年12月9日(火)

一般質問が終わりました。片道25分の質問時間になって3回目。残り時間59秒で終わりました。事前に通告していた全部で27項目を聞き、追加の質問をいくつかしました。1ヶ所、答弁漏れがありましたが、気がついていなかったようで、私の方から、言いました。上野原市は、大企業がありません。中小企業、零細企業の町です。労働者も経営者も、どちらも厳しい生活を強いられています。働く人たちを応援する市政にしたいと思っています。

国からの重点支援交付金が2億2千万円交付される予定であることが明らかになりました。1月から2月にかけて臨時議会が開かれる予定です。


生活の苦しさ

2025年12月8日(月)

明日9時から一般質問に立ちます。通告をしてから12日も経つので、原稿を読み返しています。政府の経済対策についても触れるので、臨時国会の様子も気にかかります。

傍聴に来た方に配る原稿の印刷も終わりました。質問中に使うパネルも作りました。1995年以降の消費者物価指数の変化をグラフにしてみました。総合の消費者物価指数は、13%の上昇ですが、生活に関連した品目の値上がりが激しくなっています。

後は、本番を待つのみです。


地域限定保育士

2025年12月7日(日)

12月3日に開かれた文教厚生常任委員会で、「議案第 101 号 上野原市特定教育・保育施設及び特定地域型保育事業の運営に関する基準を定める条例等の一部を改正する条例制定について」が、審議されました。この条例改正のポイントは二つ、地域限定保育士を位置づけたこと、施設での児童虐待を発見した者に通報を義務付けたことです。

地域限定保育士? 2015年から国家戦略特区に指定された地域で、その地域に限定的した保育士資格を与えるものです。今年10月から、戦略特区に限らず、全国的に資格を与える制度にしたため、条例の整備が必要になりました。地域に限定した資格ですが、3年間の勤務等を要件に、全国的に通用する保育士資格となります。この資格は、保育士が不足する地域で、認定が必要ですが、来年度は認定試験が実施される府県は、三重県、滋賀県、大阪府、奈良県、岡山県、福岡県が予定されているようです。試験の内容は、ほぼ保育士試験と同様とされていますが、実技試験が、実技講習を受けることによって、免除が可能になっています。

こんな面倒な制度を導入するより、保育士の低賃金を改善することが本筋だと思います。保育士を育児のための補助的な労働ではなく、保育・教育の専門職にふさわしい、賃金と待遇を保証することが必要です。


ごみ処理

2025年12月6日(土)

生ゴミ処理器「キエーロ」を使用中。気温が低下するにつれ、分解速度が落ちてきています。

今朝は、資源ごみの収集日。新聞2包、雑紙1包を出しました。

なるべく焼却ゴミを出さないようにと気をつけていますが、まだ、結構な量を出しています。

街路樹の落ち葉も相当量になります。こちらは、作物を育てている人に、堆肥用として使ってもらうようにしています。


老健施設

2025年12月5日(金)

昨日、老人保健施設に入所されている方のお見舞いに行ってきました。初めて尋ねる施設だったので、戸惑うことばかりでした。もちろん、感染予防のためにマスク着用、手指消毒は心得ていましたが、スリッパへの履き替え、エレベーターは、暗証番号を入力しなければ開いてくれません。また、面会時間も15分と限られていました。もちろん、スタッフの方の対応は、親切で、不満に思うことはありませんでしたが。食べ物の差し入れも不可。

今でも、介護施設に働く方の心理的なプレッシャーは、大変なものだと痛感した次第です。それに見合う賃金などの待遇は、と心配になってきました。


師走

2025年12月4日(木)

今日はしんぶん赤旗の配達担当日。寄り道をして、上野原駅前のイルミネーションの写真を撮ってきました。師走です。それにしても強風が吹きました。鶴島の神明社前の県道に銀杏がたくさん落ちていました。避けることが出来ず、タイヤに強烈な匂いが染みつきました。腐朽木の落枝で道が塞がっていた所が2ヶ所。手で路側に寄せておきました。大月アメダスの22時の風速は4.3m/sでした。


長い議案名

2025年12月3日(水)

文教厚生常任委員会が開かれました。今回付託された案件は3議案。
議案第99号 上野原市乳児等通園支援事業の設備及び運営に関する基準を定める条例制定について
議案第100号 上野原市家庭的保育事業等の設備及び運営に関する基準を定める条例の一部を改正する条例制定について
議案第101号 上野原市特定教育・保育施設及び特定地域型保育事業の運営に関する基準を定める条例等の一部を改正する条例制定について
なんと議案名は3議案とも長い。自民党政権の混迷を反映しているのでしょうか。
議案第99号は、いわゆる「誰でも通園」制度です。来年4月からは、全国の自治体で実施されることを強要?されるので作らされた条例です。条例そのものは、4条しかありません。内容を内閣府令「乳児等通園支援事業の設備及び運営に関する基準」を準用しているからです。
この基準には、「一般型乳児等通園施設支援事業」と「余裕型活用型乳児等通園支援事業」と2種類があります。「余裕型」は、定員に余裕があれば、実施する事業ですが、現在の保育所、こども園には、余裕がないので、市は「一般型」で実施する予定だそうです。そのために保育士を確保したと説明がありましたが、現在でも、0-2歳児のための保育士が足りないので、苦労しています。もちろん、就労していなくても通園できるに越したことはありませんが、政府としてやることは、保育士の賃金を含めた待遇改善です。それを放置して、「誰でも通園」の音頭を取るなど、「何を考えているのか」と言いたくなります。担当者の苦悩が伝わってきました。


寸劇の練習

2025年12月2日(火)

今日は定例の上野原市男女共同参画推進委員会。12月14日のぴゅあフェスティバルで上演予定の寸劇の最終練習を行いました。第3稿で確定稿にしました。練習をしていて、若干の修正を行いましたが、シナリオはもう修正しません。小道具も揃い、後は本番に突入です。

ほとんど練習もなしに、上演できるような仕掛けを作っています。あとは度胸だけ。それでも、楽しく、ためになる話を作りました。

上野原市男女共同参画推進委員会では、これまで2011年から、13作の寸劇を上演してきました。最初の1作は、Yさんの作。以降12作は、私が書いてきました。もうそろそろ種が尽きそうです。


世界文化遺産

2025年12月1日(月)

富士山の世界文化遺産の地図です。オレンジ色のところが、コアゾーンと呼ばれる地域です。文化庁の記述では「コアゾーン(推薦資産):登録推薦資産を効果的に保護するたに明確に設定された境界線。境界線の設定は,資産の顕著な普遍的価値及び完全性及び/又は真正性が十分に表現されることを保証するように行われればならない。」と書かれています。その周りが、緩衝地帯と呼ばれています。「推薦資産の効果的な保護を目的として,推薦資産を取り囲む地域に,法的又は慣習的手法により補完的な利用・開発規制を敷くことにより設けられるもうひとつの保護の網である。推薦資産の直接のセッティング,重要な景色やその他資産の保護を支える重要な機能をもつ地域又は特性が含まれるべきである。」 ただし、ユネスコによれば、世界遺産の厳密な登録範囲は、コアゾーンのみです。それでも、緩衝地帯の果たす役割は重要です。地図を見て、不自然さを感じませんか。コアゾーンに接していながら、北東部に色付けされていない地域が広がっています。北富士・東富士演習場です。

北富士演習場は、1936年、旧陸軍が開設しています。敗戦により、米軍が接収しましたが、サンフランシスコ講和条約締結後も、アメリカ軍が演習を行っていました。自衛隊に管理が移管したのは、1973年になってからです。1997年からは、沖縄の負担軽減として、米海兵隊の実弾砲撃訓練が実施されてきました。負担軽減ではありませんでした。米軍の訓練拡大に応えた自民党政府の「思いやり」です。