2024年1月31日(水)
山梨県の映画館について調べていて、愕然としました。映画上映活動年鑑2022で、都道府県別概況の表で、山梨県のスクリーン数12です。1スクリーン当たり人口66,802人とありました。この数値、全国では、高知県に続いて下から2番目。当時は、TOHOシネマズ甲府(昭和町)9スクリーン、シアターセントラルBe館(甲府市)2スクリーン、塩山シネマ(甲州市)1スクリーンでした。その後、シアターセントラルBe館が営業休止となったので、現在では、県内10スクリーンしかありません。多分、全国最下位になったのではないでしょうか。
一人当たり年鑑映画鑑賞回数も、山梨県は0.7回。これも下から数えて、5番目。
公共施設を使って自主上映しようとすると、一つの壁が、使用料の高さです。入場料を取ると、それだけで使用料が高くなり、減免の対象から外れてしまう例が多いのではないでしょうか。映画文化を継承しようとするなら、地方では、自治体の援助が必要になってきます。目に見えにくい価値について、しっかり認識する必要を感じています。
2024年1月30日(火)
今期最後の議会だより編集常任委員会でした。9年間努めた委員も、これから1年間お休みします。少しずつ、仕事を引き継ぐ準備をしてきました。「InDesign簡易マニュアル」の暫定版を作りました。
今日は最後の号の仕分け作業です。2月1日以降、各家庭に配られる予定です。
2024年1月29日(月)
しんぶん赤旗に、「カムイのうた」の映画評が載っていました。19歳で命を閉じた知里幸恵をモデルにした映画です。知里は「カムイ神謡集」を著しています。アイヌ民族に伝わった物語をローマ字で著し、日本語に訳しています。20世紀初頭に、民族的差別が濃厚だった社会の中で、尊厳を守り続けた姿を見れば感涙にむせぶにしかありません。
現代でも、無知が偏見や差別の温床になっているのに間違いはありませんが、それだけではなく、人間に対する深い思いの欠如が、豊かな人間形成を阻害しているのではないかと思います。
そんな思いを抱きながら「カムイのうた」を観ました
2024年1月28日(日)
団地の中を走ってきました。2.91km。気温は6.0℃。出るまでは勇気がいりましたが、あとは快適です。自転車の定置場所は、玄関内。雨には当てません。前輪のタイヤの空気が減っていたので、ポンプで入れました。ズボンの裾をまとめて、サイクルコンピュータを設置し、手袋をはめてと、結構面倒です。ヘルメットも、もちろん着用。
今年、はじめてお会いする方もいらっしゃったので、新年のあいさつも含めてお話をしてきました。
2024年1月27日(土)
夕食はおにぎりを食べたいというオーダーに応えて、1合半炊きの炊飯器を使い、握ってみました。取り出した焼き海苔がぐちゃぐちゃで、見た目はよくありませんが、炊きたての御飯で作ったおにぎりは、美味しい。糖尿病患者には、有毒でした。
InDesignのマニュアル作りに四苦八苦。PrintScreen機能を縦横無尽に使って、画像貼り付けでビジュアル化。初心者がどこで躓くか、想像力が枯渇しそう。
2024年1月26日(金)
先週の採血の結果を聞きに行ってきました。概ね横ばい。HBA1Cは、若干下がり、投薬の効果が出てきたようです。引き続き、経過観察の指示が出ました。
昼食は、八王子、車屋。美味しいお蕎麦屋さんです。
1月19日に投函した確定申告書の控えが戻ってきました。還付申請なので、受付期間(2月15日から)以前でも、受け付けてもらえます。議員報酬は、控除なしに源泉徴収されるので、確実に還付が受けられます。
2024年1月25日(木)
長年使ってきた長靴に穴が空き、水が滲み込むようになったので、買い替えました。雪の時や山仕事の時には欠かせないものです。もうだいぶ前から気がついていましたが、雨でも水たまりを避ければ、何とかなっていましたが、さすがに雪が降れば、冷たくなるので、大枚を叩きました。関ケ原ICの映像を見て、意を決しました(そんな大げさなことではありませんが)。10年前の大雪を思い出しました。
2024年1月24日(水)
初当選してから9年間、議会だより編集常任委員会委員を務めてきましたが、来期は委員を降りる予定です。議会だより編集常任委員会は、すべての議員が任期中2年間は就任すると、規程を変えるので、次の1年は、お休みになる予定です。3月議会の冒頭で、変更が行われる予定です。誰でも、編集作業ができるように、InDesignのマニュアルの作成をしています。細かいことは、色々とありますが、少なくとも文字入力と画像の埋め込みだけは、誰でもできるようにと工夫(苦悩)しています。
さらに、責任者用のマニュアルも作成しています。もちろん、委員でなくても、HELPが入れば、お手伝いに行く予定ではいます。
2024年1月23日(火)
お年玉年賀はがきの賞品交換に行ってきました。今年は6枚の切手シート。切手シート以外に当たったのは、何年前でしょうか。記憶に残っていません。
ついでにではありません。新聞店にチラシを持ち込み、折込のお願いをしてきました。こちらの方が主目的。新聞配達も大変な仕事です。部数の減少も経営を圧迫していますが、配達員の確保も難しくなっています。
新聞店の店主や従業員の方とも仲良くしてもらっています。チラシには、誹謗中傷の類や相手を傷つけるような記事は一切載せないし、市民に役立つような情報を載せるように努めています。そんなことで、信頼されていると思っています。(自画自賛?)
さらに、これはついでですが、税金の納付をしてきました。市民税、後期高齢者医療保険料。預金の引き出しをしなければ、払えないような金額です。今年度は、もう一回、2月に納付のものがあります。3月から4月は、税金の納付を考えなくてはいいので、ホッとします。でも、事業者の方は消費税があるので、大変でしょうね。
2024年1月22日(月)
今日は、「ああ、声なき友」を観ました。有馬頼義の「遺書配達人」を映画化したものです。主演の渥美清も企画に加わっています。
戦争がもたらす様々な悲劇が織り込まれています。破綻した国民経済は、貧困をもたらし、戦災に加えて、生活苦が覆い尽くしています。命を奪われたものも、命を永らえたものも、ともに悲劇に直面しました。
懐かしい俳優がたくさん出ていました。
2024年1月21日(日)
上野原市の災害時職員参集訓練が行われました。それに伴い、市議会も参集訓練。今回は、第一次参集だったので、参集対象は、議長、副議長、議運委員長、総務産業・文教厚生両常任委員会委員長、旧上野原町在住議員でした。
基本は徒歩で参集でしたが、通常の通勤方法で可ということで、連れ合いに車で送ってもらいました。いなければ、自転車で30分、徒歩で1時間30分、JRと路線バスで1時間のどれかを選択することになります。
8時30分、震度6弱の地震が発生、9時15分すぎに議会事務局から支援本部立ち上げ、参集依頼の連絡が入り、参集開始、というシナリオでした。9時23分に、状況の連絡をし、9時43分に到着しました。
支援本部の会議で、本番のときは、どのような想定をしなければならないかの議論をしました。
2024年1月20日(土)
昨日は、朝から議会だよりの2校。その後、病院に行って採血・採尿。
12時半から、戦争法廃止上野原行動のスタンディング。滑り込みで間に合いました。
戦争が起きたら、災害対策なんてできません。軍事費よりも防災対策にお金を! 戦前の日本は、敵に利するからと、天気図さえ軍事機密になってしまいました。
私が話している途中、背の高い若者が突然来て、「核兵器はいらない」のカードを持って、立ってくれました。道路の向こうにあるコンビニに買い物に来て、目についたからよってくれたそうです。買い物の途中の5分間ですけど、一緒に並んでくれました。感激‼
2024年1月19日(金)
昨日は議会運営委員会、議員全員協議会、議会活性化委員会と3つの会議が続きました。
会計課から源泉徴収票が配られ、帰宅すると日本年金機構からも源泉徴収票の郵便が届いたので、全て書類が揃い、確定申告の入力を行い、完成させました。あとは、郵送するか、窓口に持参するか、思案中。それにしても重税。
2024年1月18日(木)
今朝は、しんぶん赤旗の配達の担当日。ロングコースです。最後に四方津駅前を通りました。駅前広場の工事中ですが、バルーン投光器が輝いていました。よく見ると歩道と車道の路面がフラットになっており、段差がなくなっていました。これから舗装工事が行われるのでしょう。工事で狭くなっていた部分が、広々としてきました。駅前広場改修工事もいよいよ最終段階に近づいてきました。
2024年1月17日(水)
鏡渡橋近くに、最近開店した「山のカフェ」があります。今日は、12月に開かれた映画会の反省会。印刷関係で仕事のお手伝いをしたので、招かれました。
映画会の反省もありましたが、こうした文化活動の継続はどうしたら良いのかなどの話も出て、あちこちに話が飛んでいました。現役世代の人たちが多忙であること、諦めの気持ちがあること、などなど、社会的な背景が存在していることが話題になりました。
2024年1月16日(火)
昨日の夕方、市のLINEで次の様な発表がありました。
***
生活環境課から燃えるごみの収集についてお知らせします。
本日、クリーンセンター焼却施設ごみピット内で火災が発生しました。
このため、明日16日の燃えるごみの収集、持込みは行いません。
なお、資源ごみについては通常通り収集します。
明日以降の燃えるごみの収集、持込みの再開については、改めてご連絡します。
ご迷惑をおかけしますが、ご理解、ご協力をお願いします。
***
詳細の確認に、クリーンセンターに行ってきました。
1月15日 14:08 ごみピットの煙感知器が発報
14:09 消防署に通報
ごみピットで炎を確認
係員が初期消火に着手
消防車が現着、消火活動
夕方には鎮圧
担当が継続して監視
1月16日 8:07 鎮火確認
これ以降、施設の確認を行い、可燃物収集の再開について報知する予定
****
収集した可燃物は、ごみピットに入れられ、順次、クレーンを使って焼却炉に投入されます。3日分の溜まったごみの中で発火したようです。
収集したごみの中に発火物が入っていたようですが、原因物は特定できなかった模様です。リチウム電池などが混じっていたのでしょう。ごみを出す時に気をつけなければ、こうした火災は防げません。ごみの減量化、ごみ火災の防止、どれもが市民の協力なしにはできません。
2024年1月15日(月)
上野原市役所で第20回上野原市歴史文化ミニ展示会が今日から開かれています。「災の歴史展」。1900年の赤痢、1962年の新町大火、2014年の大雪などの天災、火災、疫病などの展示が行われています。
他人事ではない事例です。
災いにどう備え、どう対処していくのか、いつでも考えなくてはならない問題です。
議会だより編集常任委員会の初仕事。初校を行いました。
2024年1月14日(日)
昨日、スーパー・オギノ前で街頭宣伝&能登半島救援募金活動。冷たい風が吹いていましたが、避難生活を強いられている人々の苦難を思えば、これしきのこと。支部のみなさんにも集まってもらい、元気に訴えました。1時間弱の活動で、2万945円の募金が集まりました。月曜日には、日本共産党中央委員会を通じて、現地に届けてもらいます。ご協力ありがとうございました。
2024年1月13日(土)
1月11日、議会活性化特別委員会第1分科会の会議がありました。2月18日に開かれる「市民と議会の意見交換会」について、その準備の会議です。タイムテーブルなど、次週に開かれる議員全員協議会に向けて、当日の進行などを討議しました。コロナ禍で中断されていた「意見交換会」が再び動き出します。
2024年1月12日(金)
白内障の手術をしてから2年、定期検診に行ってきました。屈折検査、矯正視力検査、眼底カメラ撮影、精密眼底検査、いずれも異常なく、半年後の検査を指示されました。
四方津駅前広場の工事は、国道側の水路工事が一応終わり(終末部の水路は、よくわかりません)、市の担当する広場工事の残りの部分が進み始めました。歩道部分の屋根も組み上がり(線路側の2スパンは、残っていますが)、今後、レベル調整に入ると思います。まだ工事で狭くなっているので、車の転回など注意が必要です。
2024年1月11日(木)
2月7日に長野県駒ヶ根市に子育て支援について視察に行きます。駒ヶ根市は面積165.86平方km。上野原市は170.57平方km。山間部を抱えています。それでも直近の国勢調査の5年間の人口減少率は1.7%で、上野原市の8.6%から比べると頑張っている自治体です。視察を前に議会事務局から質問事項の調査があり、明日が締切なので調べてみました。色々と興味あることがあったので、質問項目を事務局に送りました。
駒ヶ根市は千畳敷を抱えている自治体です。何度も駒ヶ根ロープウエイを利用させていただきました。木曽駒ヶ岳にも登っています。視察が終われば、また報告させていただきます。
2024年1月10日(水)
ぴゅあフェスティバル2023の第3回実行委員会が開かれました。フェスティバルの反省会です。3館合同の開催はどうだったか、多文化共生センターとの共同開催はどうだったか、一般の参加者を増やすにはどうしたらよいか、が主な論点だったように思います。今年4月には、ぴゅあ富士の改修工事が終わり、新しい体制が始まります。しかし、指定管理制度のもとで、委託先の山梨文化学習協会の体制が強化される見通しはあまり期待できません。来年度も3館共同開催の線が強く推測されます。その上で、ぴゅあ富士としてどう対応するかを新年度そうそう話し合ったらどうでしょうかと提案しました。
新しい体制の中で、どんな工夫ができるのか、思案のしどころです。
2024年1月9日(火)
男女共同参画推進委員会がありました。第10期の委員の任期もあとわずかになりましたが、活動のまとめを行っています。地方自治法第202条の3に基づく審議会等は、17ありますが、そのうち、女性委員がいない審議会等は、なんと8つもありました。
17審議会等の委員総数は298人、そのうち女性委員は47人、15.7%です。
女性委員がゼロは、次の審議会等です。
国民健康保険運営協議会
社会教育委員会
スポーツ推進審議会
市町村都市計画審議会
上野原市財産区管理会
上野原市恩賜県有財産保護財産区管理会
上野原市地域公共交通活性化協議会
上野原市消防委員会
委員の選び方に問題があるようです。
2024年1月8日(月)
年明け、はじめての街頭宣伝でした。能登半島地震救援に全力を!と訴えました。車を止めて窓から募金に応じてくれた方、お孫さんに募金を持たして募金箱に入れてくれた方などいました。車の中から手振やあいさつをされた方など多数。
自民党金権政治はもう止めにして欲しい。
若者のために、低賃金・雇用不安の解消。
市民のくらしを第一に考える市政。
など、訴えることはたくさん。
陽の光に支えられて、気持ちの良い街頭宣伝でした
2024年1月7日(日)
今日は上野原市二十歳を祝う会がありました。今年、上野原市で20歳を迎える若者は199人です。実行委員長の吉村岳さんは、あいさつの中で、環境問題、少子化などのたくさんの課題が社会にある中で、一生懸命に生きていきたいとの決意を述べていました。
司会者から、衆議院議員志位和夫さんなどからメッセージが寄せられていることが紹介されました。
次のメッセージが貼られていました。
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お祝いのメッセージ
二十歳を迎えられたみなさんに、心からのお祝いを申し上げます。
未来を担うみなさんが、生きがいある人生を送り、誰もが希望がもてる社会をつくるために、ともに力を合わせてまいりましょう。
社会の各分野でのみなさんのご活躍を、心から願っています。
2024年1月
日本共産党委員長 衆議院議員 志位和夫
前衆議院議員 畑野君枝
元衆議院議員 斉藤和子
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2024年1月6日(土)
年賀状の整理をし、出していなかった方へ返信を書きました。明日ポストへ入れますが、早くて火曜日の配達になってしまいます。
郵政労働者の働き方にも目配りしなくてはなりませんが、郵便物の配達も、なんかチグハグを感じています。「郵政改革」って、何だったのか、考えざるを得ません。
2024年1月5日(金)
自宅前の街路樹は、モミジバフウ(アメリカフウ)です。ようやっと落葉も終わりになりそうです。葉は5裂でモミジに似ていますが、ユキノシタ目フウ科です。モミジの葉の対生とは違い、互生です。実も集合果で、すぐに区別がつきます。アメリカ原産で大正時代に日本に持ち込まれています。久しぶりに落ち葉掃きをしました。
昨日北海道の息子家族が羽田空港から女満別空港に帰りましたが、欠航が心配される中、2時間遅れで着いたと連絡がありました。年明けから悲しいニュースが続いています。
能登半島地震で亡くなられた方にお悔やみを申し上げるとともに、そのご家族の方、被災された皆さんにお見舞い申し上げます。救援の活動がすべての被災地域に及ぶことを願うとともに、復旧・復興が一刻も早く行われることを願います。
2024年1月4日(木)
昨日の夕方から、北海道の長男家族と茨城県の次男が帰省して、お正月となりました。
おせち料理は、ほんの少しだけつくりました。かまぼこと伊達巻は既製品ですが、田作り、黒豆、栗きんとん、焼き豚、酢ばす、小蕪の甘酢漬け、数の子などを大皿に並べました。
北海道の息子家族とは、2022年8月に会って以来の1年半ぶりの再会でした。年に1度ほどしか会えません。孫も18歳。悩み多き年代です。
次男も2022年9月に手術をして、その退院時に会ったのを最後に会っていませんでした。
福井に住む長女家族は、受験生を抱え、今年は帰省せず。離れ離れの家族が一緒になることも、難しくなっています。
2024年1月3日(水)
昨日、日野駅から大師橋まで多摩川サイクリングロードを走ってきました。42.36km。2021年11月に走って以来のロングライドでした。コロナ禍があったり、体調を崩したり、それでも運動量を増やすことを言われていて、何とか走りたいとは思っていましたが、なかなかその機会がありませんでした。
久ぶりのことだったので、登坂のない、多摩サイを選びました。途中で砂利道があるので、平均時速15.9km/hとまあまあ走れました。走り始めは日も差していたのですが、途中から雲が広がり、川崎に着いてから、ちらっと小雪模様。
ついでに、川崎大師の近くまで行きましたが、駅からずっと人の行列が続いていて、割り込む勇気などありませんでした。
それでも、今年一年が良い年になるように、祈る気持ちはあります。
2024年1月2日(火)
昨日、能登半島を震源とする地震が16時10分ころ発生しました。震度7を記録したところもありました。娘の住んでいる福井市でも震度5弱とあったので、すぐに電話しました。「大きな揺れが長く続いたけれども、被害はなかった。職場が心配なので、これから行ってみる」と言っていました。
その後、家屋の倒壊、津波、火災、停電、断水、道路の損壊など、被災の様子が次々と報道されていました。被災者のみなさまには、心よりお見舞い申し上げます。
地震が早く収まり、一刻も早く復旧されることを願っています。
赤旗読者ニュースを更新しました。2024年1月1日(月)
新しい年が明けました。
今年の年賀状は、両門の滝を描きました。笛吹川東沢にある滝です。1995年の夏に遡行しています。左右の沢が合流している場所に、2本の滝が落ちています。ナメ滝で、左側の滝を登るのですが、手がかりが少なく、下部は倒木を頼りに登ります。東沢にはナメ滝が多く、斜度もそれぞれです。
この年の遡行では、最後の詰めで沢を1本違えて、ビバークをしました。暗くなる前にビバークを決め、枯れ木を集めて、一晩中燃やして暖を取りました。翌朝、藪を詰めて登ると30分ほどで登山道に出ました。甲武信岳の山頂を踏み、一般道を下山しています。
もう、沢登りも、一般的な登山もできなくなってしまいましたが、懐かしい思い出がたくさん詰まっています。